相続放棄は撤回することができません。(民法919条)
ただし、同条文の2項以下には、「取り消しすることを妨げない」
とか、
「取り消しをしようとする者は裁判所に申述しなければならない」
とか、
どっちやねん!
と言いたくなるようなことが書かれています。
それは、いわゆる、原則と例外のお話。
原則、
相続放棄の撤回はできません。
しかし例外的に、
相続放棄を取り消したり、無効にすることはできます。
最初に言っておきますが、あまり期待しないでください。
本当に例外なので。
ほとんど不可逆な法的手続きの類
法的手続きの中には、するのは簡単でも、それを取り消すことが難しいものがいくつかあります。
例えば離婚届けなんかもそう。
離婚届けの捺印は三文判で構いませんし、役所に届ければ済みます。
が、受理されて成立してしまった離婚を取り消すには、たとえ正当な取り消し理由があったとしても、調停や訴訟が必要になります。
相続放棄は裁判所の審判ですから、離婚届けほど簡単ではありませんが、でも、誰の承認も必要とされない単独行為ですから、しようと思えば出来てしまいます。
ところがこれを撤回するのは簡単ではありません。
気が変わったとかいう理由ではまず出来ません。
撤回はあくまで例外中の例外と理解しておきましょう。
相続放棄を取り消すことの出来るレアケース
相続の承認、および取消しが出来る場合を、民法の総則、および親族編の規定に倣って可能としている。(民法919条3項)
具体的に、相続の承認、および放棄の取消しが出来るのは以下のような場合だ。
- 未成年者が親権者、もしくは未成年後見人の同意なしに行った承認、および放棄(5条)
- 成年被後見人が行った承認、放棄(9条)
- 被保佐人が保佐人の同意なしに行った承認、および放棄(13条)
- 詐欺、または脅迫によって行われた承認、および放棄(96条)
親族編の規定による取消し可能な場合は、
- 後見人が被後見人に代わって行った承認、および放棄(864条)において、後見監督人がいて、その同意を得なかった場合(864条)
- 未成年者が未成年後見人の同意を得て行った承認、および放棄におい、後見監督人がいて、その同意を得なかった場合(864条)
要は、取消しが可能となるケースは、
・後見人制度で引っ掛かったとき、
・騙されとき
この二つです。
確かに、取消しは出来ないと理解してても良さげですね。
相続放棄、および限定承認の取消しの方法
相続の放棄、および限定承認の取消しをするときは、家庭裁判所に申述書を提出します。
家庭裁判所が申述受理の審判をすることによって相続の放棄、および限定承認の取り消しが成立します。
相続放棄の取消しの効果
相続放棄にしろ、限定承認しろ、それそのものの手続きに加え、それによって他者がなす手続きによる効果があります。
取消しによって、すべてが無に帰すわけではありません。
取消し後にもう一度、承認も放棄もできる
熟慮期間中であれば、取消した後、相続の承認は言うまでもなく、改めて相続の放棄や限定承認も出来ます。
相続放棄も、限定承認も、最初から無かったかのごとく、リセットされるというわけです。
また、熟慮期間後であっても、速やかに申述手続きを行えば、放棄や限定承認することができます。
すでになされた相続放棄や限定承認は併存する
相続放棄の取消しが成立したからといって、すでに相続放棄に基いて行われた手続きまでが、当然のごとく無効になるということはありません。
取消してリセットされてしまった相続放棄や限定承認と、確定した相続放棄や限定承認とが併存することになります。
相続放棄を前提に遺産分割協議が終わり、お金の分配や不動産の登記変更が済んでいれば、相続放棄の申述の受理されたとしても、これらの処理が無効になるわけでもなく、分配されたお金の引渡しや、登記を元に戻すことを請求できるわけではありません。
あくまで、相続人の協力を得てお金の引渡しや登記の是正をすることになりますが、求めに応じてもらえなければ、通常の相続と同様の流れになり、まず、遺産分割協議調停を申し立ててて話し合う。
あるいは、相続人全員を相手方として訴えを起こし、相続放棄の取消しが遺産分割の前提であることを主張することになります。
勘違いによる相続放棄の無効はあり得るか?
以上のとおり、相続放棄の取消し事由のハードルは高いのですが、この他にも方法がないわけではありません。
取消しではなく、相続放棄が無効とされる場合です。
相続放棄の無効とは?取消しとの違い
取消しと無効とどう違うのか?
言葉遊びに思えるかもしれませんが、とにかく両者は違うのです。
ここまで述べて来た取消しというのは、相続放棄が一旦は有効化されています。
それに対して無効とは、行った相続放棄は有効ではなかったということになります。
錯誤による相続放棄
この、相続放棄の無効が認められる可能性のある事由は、「錯誤」によって相続放棄が行われた場合です。(民法95条)
錯誤とは、思い違いや、誤記などによる意志表示のミスことです。
もっとも、重大な過失(常識を超えた不注意)は錯誤とは認めれられません。
相続放棄の取消しは、申述書を提出し、受理の審判によって成立しましたが、無効の規定はないので、この方法を採ることはできません。
では、訴訟を提起すればいいのかというと、相続放棄の無効の確認訴訟は不適法とされています。
(最高裁第二小法廷判決 昭和30年9月30日)
ですから、相続放棄の無効は、裁判上、または裁判外のおいて、相続の前提問題として主張することになります。
動機の錯誤とは
ややこしいのは、「動機の錯誤」というのがあって、これは民法上の錯誤とは認められない説が多勢です。
過去には錯誤無効を主張する以下の事例が訴訟に持ち込まれましたが、いずれも動機の錯誤にあたり、民法95条にはあたらないとされました。
- 相続税の軽減を意図して相続放棄したものの、高額納税になってしまった。(最高裁第二小法廷判決 昭和30年9月30日)
- 他の相続人も相続放棄するものとして相続放棄したものの、思ったとおりにならなかった。(最高裁第一小法廷判決 昭和40年5月27日)
ただ、以下のように下級審においては、動機の錯誤とされながらも、民法95条が適用された判例もあります。
相続人は、被相続人から多額の債務があると知らされていたため、相続放棄したものの、後から多額の債権の存在が明らかになった。(東京高裁 昭和63年4月25日)