相続財産に手を付ければ単純承認と見なされ、熟慮期間は終了し、相続放棄はできなくなります。
ただ、単純承認とみなされる行為にはグレーゾーンがあるのも事実です。
相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(民法921条)
これが単純承認と見なされる行為ですが、この「相続財産の処分」とはどういうものなのか?
グレーゾーンに着目して判例から拾っていきましょう。
形見分け
形見分けは、単純承認とみなす相続財産の処分にはあたりません。
普通は、です。
しかし、高額なものは形見分けの範疇を超え、相続財産の処分、すなわち単純承認と見なされる場合があります。
形見分けとは?
形見分けとは、遺品を親族や友人と分け合うって、故人を偲んでもらい想いを共有するものです。
通常は、同居していたり、看護していたり、実質的に、故人に近かかった人が遺品を整理する中で行います。
形見分けの時期に決まりはありませんが、四十九日が終わったくらいが一般的とされます。
ですから、熟慮期間内(3ヶ月)なわけです。
具体的な形見分けの品には、腕時計、カバン、着物などの身の回りのものから、ゴルフや釣り道具などの趣味のもの。
あるいは絵画、彫刻などの装飾品、etc.
こうして挙げてみると、相続財産の処分となりそうな高価なものも十分にあり得る感じがします。
処分しても分からない
もっとも、すべて動産ですから、私的に処分されれば、裁判所や、債権者が把握するのは困難という、そもそもの話にはなって来ます。
言い換えれば、同じ動産でも、車など、使用していることが容易に分かるもの、あるいは名義が付いているものは把握が可能ですから、財産の処分すなわち単純承認と見なされる可能性は高くなります。
債権の取り立て
被相続人が有していた売掛債権(商品やサービスを提供済みで未回収の代金)を取り立てて、受け取った行為が相続財産の処分にあたるとされました。
(最高裁第一小法廷 昭和37年6月21日)
債務の弁済
借金を返済することを財産の処分とすることに違和感があるかもしれませんが、消極財財産は紛れもなく相続財産ですから、それに手をつけることを単純承認と見なすことは理屈としておかしくはありません。
もっとも紹介する判例は、積極財産を返済に充当しており、財産の処分であることに疑いはありません。
相続財産のうち不動産によって相続債務を弁済した行為が単純承認とみなす処分行為であるとしました。
(大判昭和12年1月30日)(*)
(*)大判とは大審院判決の 略で、大審院とは今でいう最高裁
葬儀費用
「相応の」という但し書きはつくものの、葬儀費用を相続財産から支払った場合(東京高裁判決昭和11年9月21日)、葬儀費用に被相続人の持ち物やわずかな所持金を充当した場合(大阪高裁判決昭和54年3月22日)、いずれも相続財産の処分には該当しないとされています。
保険金
被相続人固有の権利である保険金ないしは配当金の請求権を相続人が行使して受領する場合、保険金ないし配当金は相続財産ですから、単純承認にみなす処分に該当します。
ちなみに、相続人が受取人になっている保険金を請求し、受領する行為は、相続人固有の権利であって、そもそも、その保険金は相続財産ではないため、単純承認とは関係ありません。
結局のところ判断基準は利益を得ているか否か
こうして判例を見ていくと、要は、相続人が経済的な利益を得たことを判断基準にしていることが分かります。
これを許す(単純承認とはみなさずに相続放棄が可能)ということは、相続人は遺産からの利益を受けていながら、相続放棄によって債権者が泣きを見るという不公平を許すことになってしまうわけです。