単純承認前と後における相続人の権利・義務の差。遺産に手をつければ相続放棄は不可

相続の開始を知ってから3ヶ月の熟慮期間を過ぎると自動的に相続人であることを承認したことになります。

これが単純承認です。

では、単純承認するまでの間、正式な相続人ではないのでしょうか?

いえ、そういうことではありません。

単純承認する前後における相続人の違い

相続が開始されたときから、すなわち被相続人が亡くなったときから既に正式な相続人です。
単純承認前の熟慮期間であっても変わりありません。

なのですが、相続人の身分を規定する条文は、相続の開始と、単純承認の二つのタイミングで分けられています。
見比べてみましょう。

【相続の開始】

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。
(民法896条)

【単純承認】

相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
(民法920条)

普通の国語力で読めば同じ意味です。

あえて文言の違いにフォーカスすると、承継する対象の言い回しです。

相続開始・・被相続人の財産に属する一切の権利義務
単純承認・・無限に被相続人の権利義務

「一切」と「無限」との差については意見が分かれそうですが、「財産に属する」という範囲を限定する言葉が入っていない分、単純承認後の権利義務の方が強いイメージはあります。

なるほど、単純承認後は、相続放棄という逃げ道がふさがれるわけですから、このイメージ通りということになります。

言い換えれば、単純承認の前と後の相続人の違いは、相続放棄する権利を有するか否かの違いでしかないということです。

実際、相続における様々な手続きや権利行使について、相続放棄と限定承認以外、単純承認後の相続人に出来ることが、単純承認前の相続人には出来ないというものはありません。

さらに、単純承認は3ヶ月の熟慮期間が経過することだけではありません。

例えば、遺産分割について争いがないような場合には、被相続人が亡くなった後、速やかに相続財産を処分することも出来るわけです。

そして、実はこのとき、相続人が意識しなくても、単純承認は行われているのです。

このことは、特に、少しでも相続放棄の可能性のある相続人にっとっては押さえておかなければならない大切なことになります。

 

相続財産を処分すれば熟慮期間は即終了

熟慮期間中であっても、相続財産の一部でも処分すれば、それが単純承認とされ、熟慮期間が終了します。(民法921条)

つまり、例に挙げた、故人が他界した後、速やかに相続処理を終えることは、これに該当していたわけです。

相続放棄との関係からみれば、これは当然の規定です。

その理由は、相続財産を処分した後で相続放棄が出来るとなれば、積極財産を処分した後で、消極財産(負の遺産、借金)だけを放棄することが出来ることになってしまうからです。

 

相続の開始を知らずに処分しても単純承認には当たらない

単純承認と見なすためには、処分した当人自身が相続人であること、あるいは確実に相続人になることを自覚している必要があるとされます。

自分が相続人であることを知らずに行った処分は単純承認とは見なされません。
(最高裁第一小法廷判決昭和42年4月27日)

この考え方は熟慮期間との関係で見れば当然と言えます。
熟慮期間3ヶ月の起点は、相続が開始したときではなく、自分が相続人であることを知ったときだからです。

始まってもいない熟慮期間を終わらせることはできないわけです。

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