故人が亡くなれば、その瞬間、自動的に相続人とさせられるわけですが、その後で選択は可能です。
家業を継ぐとか、先祖代々の家屋敷を守るとかのしがらみあれば別ですが、そうでなければ、相続する・しないの判断基準はシンプルなものです。
プラスの遺産があれば単純承認する。
プラスの遺産を充当してもマイナスの遺産(借金)が残るようなら相続放棄する。
これだけです。
限定承認の目的
でも、遺産トータルがプラスか?マイナスか?分からなときはどうしらいいのでしょう?
そういう人のために用意されているのが限定承認です。
限定承認した相続人は相続財産で賄える負債のみにしか責任を負いません。
例えば、故人の遺産が1千万円で、借金が1千5百万円の場合。
限定承認した相続人は、遺産の1千万を借金返済に充当し、残り5百万円の負債は免れます。
逆に、遺産が1千5百万円で、借金が5百万円であれば、限定承認した相続人は、借金返済に充当した残り1千万を受け取ります。
もちろん、これが事前に明らかであれば限定承認を選択する必要はありません。
一つ目の例であれば、相続放棄すればいいし、二つ目の例では、普通に単純承認すればいいことです。
でも、明らかでなければ、どうでしょう?
単純承認か?相続放棄か?の選択はまさにギャンブルになります。
選択を間違えば、貰えるものを貰えなかった損失、
もしくは、払わなくてもいいものを払わされる損失を被ることになるわけです。
限定承認ならば、最低でもゼロ。
損することはないというわけです。
限定承認に人気がないワケ
限定承認を初めて耳したときは、「なんていい制度なんだ」と思いました。
これなら、迷うことなく、とりあえず限定承認すればいいじゃないかと。
だって、後からひょこっと、遺産が見つかったり、逆に借金取りが現れたりすることだって無いわけじゃありませんから。
限定承認はそういうリスクから守ってくれるわけです。
ところが、実際は、限定承認を選ぶ相続人はほとんどいません。
その理由は、一言で言えば、めんどくさいってことです。
最初のハードルは限定承認は相続人全員で行わなければならないということです。(民法923条)
これが、誰の許可なく一人で出来る単純承認や相続放棄との一番の違いです。
ここで多くの相続人は萎えます。
相続人が何人もいて、しかも離れていて、しかも疎遠。
こんな状況では、限定承認の合意を取り付けるだけで、お金と手間を浪費することになりかねません。
結果、少々のリスク回避ぐらいでは限定承認は選択されず、単純承認や相続放棄でいいや、となってしまうわけです。
相続人が一人しかないとか、あるいは同居家族だけであれば限定承認は選択しやすいのですが、逆にそういう場合は、遺産状況が把握出来ていることが多いので、限定承認の必然性がないわけです。
限定承認の手続き
限定承認の合意が取れそうだとしても、次のハードルが手続きの煩雑さと、それによって相続人に少なからず生じる責任です。
手続きを誤ると、自己の資金で弁済しないといけなくなることもあり得ます。
手続きの煩雑さは、限定承認に多少は希望を見出していた人を完璧に打ち砕くほどの威力があります。
限定承認の申述
限定承認をする場合は家庭裁判所に限定承認の申述を行います。
このとき、財産目録を付ける必要があります。(民法924条)
財産がはっきり分からなからこそ限定承認するのに財産目録を付けることに違和感を覚えるかもしれません。
この後の手続きを見れば分かるのですが、限定承認は借金の存在が把握できない場合にフォーカスしていることが分かります。
確かにプラスの遺産は身辺整理によって把握することはできても、借金の把握はそうはいきません。
限定承認の意図は、思わぬ債務から相続人を守ることにあるようです。
限定承認の申述の期限は、相続放棄と同様に、相続の開始を知ってから三箇月以内です。
相続放棄と違って、共同相続人との間で合意が必要ですから、急がないといけません。
限定承認の通知、および公告
限定承認の申述から5日以内に、限定承認したことを、債権者、および受遺者に対して公告します。(民法927条)
公告とは広く一般に知らせることをいいますが、官報に掲載されます。
もちろん、知っている債権者や受遺者であれば、公告だけに頼るのではなく、各個別に通知(催告)しなければなりません。
受遺者というのは遺言によって遺産を譲り受ける人のことで、いない場合もあるでしょう。
受遺者にも知らせる必要があるのは、相続人より先に遺産から分配を受ける権利を持つという点では、債権者と同じ立ち場だからです。
公告、および個別の催告には以下の2点を付記します。(民法927条)
- 一定期間の間に請求すべきであること
- 期間内に申し出がない場合は、弁済対象から外されること。
2についてですが、知れている債権者や受遺者を弁済対象から外すことは出来ません。(民法927条)
また、申し出なかった債権者や受遺者であっても、残った財産の範囲であればその後も権利を行使できます。(民法935条)
公告の期間は2ヶ月以上とされます。
つまり2ヶ月経てば次のステップに移っていいということです。そして、この期間中は、債権者や受遺者への弁済を拒むことができます。
逆に、このステップを怠ったり、あるいはこの期間中に弁済したことによって他の債権者や受遺者への弁済ができなくなった場合は、限定承認者が損害を賠償する責任を負います。(民法第934条)
債務者への弁済
公告の期間が過ぎたら、債権者に弁済します。
返済期限が設定されている債権については、その期限でなくてもこのタイミングで弁済しなければなりません。(民法930条)
限定承認ですから、もし債権総額よりも遺産が少なければ、債権割合に応じて分配します。(民法929条)
弁済の為に売却する必要のある遺産があれば競売に付さなければなりません。
しかし、裁判所が選任する鑑定人の評価に基づく額を弁済すれば競売を止めることもできます。(民法932条)
受遺者への弁済
債権者へのに弁済が終わった後、残りの遺産の範囲で受遺者へ弁済します(民法931条)
相続人による遺産分割
ここまで済んで、なお遺産が残っていれば、遺産分割協議を行います。
いかがでしょうか?
限定承認では、手続きの大半を裁判所の監視の下で進めなければならないのが特徴だということが分かります。
これを考えれば、熟慮期間3ヶ月の間に、少し頑張ってでも遺産状況を把握し、単純承認か、相続放棄かを選択したくなるのも無理ありません。